読書:木越義則『近代中国と広域市場圏』

近代中国と広域市場圏―海関統計によるマクロ的アプローチ (プリミエ・コレクション)

近代中国と広域市場圏―海関統計によるマクロ的アプローチ (プリミエ・コレクション)

開港から戦後初期に至る輸出品の構成をみるならば、その大部分が常に一次産品で占められていた。明らかに近代中国は農業を中心とする経済であった。しかし、…その中国的特徴は、農村社会でありながらきわめて多種多様の一次産品の輸出を続けたことにある。この近代中国に見られた多種多様な一次産品輸出に特徴づけられる経済を、モノカルチャー経済に対比して、ダイバーシティ経済(diversity economy. 多様性ある農業経済)と呼びたい。(278頁)

消費財から重化学工業原材料まで広がる一次産品の多様性により、中国経済は両大戦間期の対外関係の難局を幾度もくぐり抜けてきた。国内のある地域の特産品の輸出が著しく減退したとしても、その他の一次産品輸出の成長が見られることで、農業部門の全般的な所得減少を回避することができたのである。(278-279頁)

国民政府の大陸での失敗は、産業社会化が進んだ国の復興モデルと採用したことにある。そのような方法では、就業人口と生産額の90%を占めた農業部門の復興は達成できなかった。国民政府が大陸を追われたのは、単に軍事的に敗北しただけでなく、農業を軽視した結果、より多くの民衆の支持を失ったからであった。(220頁)

国際貿易と工業投資を通じた成長の規模と速度は、常に農業部門という土台の裾野の広さに依存していたのである。(290頁)

とってもおもしろかった!
海関統計をひたすら追いながら、1870年代から1940年代までの市場圏の伸縮・統合・分裂を跡付ける禁欲的な作業。データが飛ばなくてホントに良かったです。
目次はこちら。だいたいの内容は、
銀価格低落によりヨーロッパとの貿易が拡大して、おのおのの開港場市場圏が成長するという第一章、
開港場市場圏は農業部門の技術的停滞により1920年代に成長頭打ちという第二章、
第一次世界大戦によって上海への工業投資が加速し、それによって国内一次産品を上海が引き受けて、さらに一次産品を生産する長江流域が上海工業製品の市場となったため、農業部門と工業部門がウインウインになるという第三章、
両大戦間期前半は、国際環境に恵まれ、工業が勃興・発展したが、後半は対外交易条件の悪化により国内移出入へ重心を移したため、この間、一貫して上海の工業化が進展するという第四章、
満洲失陥の穴を埋めるため、長江流域の一次産品が上海に入り、上海工業製品が長江流域へ入ったため、両者の結びつきが強化され、それに伴って華北・華南が市場圏へ編入されていき、関内市場圏が成立するという第五章、
1938年の漢口陥落により長江流域と上海の関係が遮断され、さらに日本の対英米戦開始により、世界市場との関係も遮断されたため、関内市場圏が分断され、生産性が維持されたにもかかわらず工業・農業部門ともに縮小したという第六章、
戦後初期の国民政府の経済政策は、工業輸出の恢復は促進したが為替レート設定に失敗したりなど、長江流域農業部門と上海を結びつけるものではなく失敗したという第七章、となります(たぶん)。
八章・九章は海関統計分析の前提や方法の説明でした。斜に構えて懐疑的に見るよりも、さきにちゃんと入力して使えるようにするのって大事ですよね!疑うのはデータできてからでいいもんな。

肝になるのは、上海を中心とする華中と、漢口を中心とする長江流域がそれぞれ工業部門・農業部門としてしっかりと結びついて分業していくことであり、それが達成できていた1930年代以前に対し、40年代以降は、その間の流通が分断されることで、それぞれが生産力があるにも関わらず、活力を失ったさまがよくよく納得いきました。すばらしい!農業部門の生産性向上と工業部門との有機的結合なくして、経済発展なし。うーむ、これって開発経済論とかだと常識なんですか?もっと一般常識になってほしいです。

あんまりほめてばっかりだとなんかの回し者みたいでアレなので、いくつか素人なりにハテナ?と思ったところとか、勝手に思ったことを列挙しておきます。
・毎度おもうんだけど、マディソンは信用できるのかしら…。
・先行研究がいろいろ紹介されている一方、本書における「市場圏」って、定義されてない気がします(見落としただけか)。たとえば保定が天津の開港場市場圏に入っているとして、それは何をもってそういえるのか?近い?
・地図見てると省をいくつかつなげた感じで広域市場圏ができてるようにも見える(94頁とか)けど、四川の山奥と長江沿の開港場(重慶〜安徽)と同一の市場圏とは言い難い気がする…。雲南ビルマ国境付近は開港場あるんで、別にいいと思います。そういえば紅河沿いの話はなかったけど、規模小さいのでいいか。
・スキナーのマクロリージョンって、ちゃんと市場圏として実証されてるのかしら…(9-10頁)。そんなもんかな、とは思うけど実際に裏とった人っていないのかな。
・というか、アヘン戦争以前の市場圏がよくわからんままで、「国際貿易の存在によって、はじめて伝統的な農村経済の殻を打ち破った中国人が増えた」とされても、(おおむね同意はするけれども)どう打ち破ったのかはよくわからんなあ。よく近代の人は「伝統」っていうけど、「伝統」ってなんだろう。18世紀後半的、くらいな話?まさか、明清500年ってことはないよね…。
・西北が完全に空白のままだけど、「中国」とか「全国」とか言っていいのかな…。「中国」に関してはちょっともにょる。まあ、西北は「建設」してるくらいだから特に分析しなくてもいいような気はしますが。
・それにしても、こんなに簡単にバラバラになりそうなのに、「中国」はなぜ一体性を保ったのかはよくわからん。なんでだろうなあ。不思議。
・途中から華中沿海(江浙+安徽?)と上海と長江流域の境界がよくわからなくなるんですが…。両大戦間期以降は上海とそれ以外の長江流域ということでいいのかな…。
ダイバーシティ経済化する要因ってなんだろう?広くて多様、輸送コスト低減、先進国の需要はわかるけど、そうすると輸送/取引コストの以外にはヒトは介入できないよね。のこりは所与の条件だし。結局、経済成長できるかどうかは努力とかの問題じゃないんだなあ。
・長江流域の農業部門が重要ということなんですが、そうすると清代中国の小農経営が、ということだけではなくて、特に湖広・四川に人口がジャンジャンバリバリ流入して、大規模に開発された18世紀の重要性が浮き彫りになるのかな。
・戸籍制度によって農業部門人口をある程度固定し、民工みたく労働力としては使うけど、使い終わったら農村に戻す共産党は、よくわかってる、ということなのだろうか。
・今後は、人口ボーナスがないんで、内需主導にシフトしようとしても結構つらいのかもしれませんね。