読書:與那覇潤『中国化する日本』

これまたネットで話題の本書。

中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史

中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史

著者の與那覇潤さんは1979年生まれの少壮学者でセキララなツイートも話題です(http://twitter.com/#!/jyonaha
で、著作ですが、細かいケチは先につけて後で褒める方式で行きましょう。

これは著者関係なくて、編集の問題ですが、主張した部分を太字にするのって、あんまり恰好よくない気がするけどねえ。テキストサイトというか一昔前のブログっぽい。ま、これは内容とは関係ないのでいいんですが。

まず、一読しての感想は、“若いわー”・“熱いわー”でした。まいにち大学でアホ学生を相手にしてて、マジ辛かろう…というのが伝わってきます。本人はかなり頭がいいわけだから、アホな意見を聞いた時のガックリ感はひとしおでしょう(てめー、何聞いてたんだ、というの感情は、すっごい理解できます)。しかし、学生ってのは基本アホなんだから、しょうがないと思いますけどね。むしろ30チョイすぎだからこういう感じで書けるんかな、とも感じました。

で、日本近代史以外で、微妙というか、“おこられそう…”と思った箇所が頻出あります。個人的に、うーん、と思ったのは中国史に関する箇所です。そもそも本書が想定する“中国化”の社会・制度が確定するのは雍正年間なんじゃねえかと思います。社会の“中国化”への対処として取り上げられる“宗族”ですが、これは宋代は一般庶民は結成しちゃダメだったはずです(規定としては)。
“宗族”が中国南部(華北は同姓村が圧倒的に少ないので、全然違う!)で一般的になるのは雍正〜乾隆中頃ですから、本書でいうところの「中国化」が完了するのは本家でも18世紀になってからということになります。
あと、政治的には経済的にほっときゃいいか、積極的介入するかでずーっと論争してるのが中国なので、「中国化」というタームがいいかは難しいところです。(ただし「中華化」は日本式華夷秩序論と混ざるのでもっとダメ)
むしろ、中国ではこの「中国化」(政治・権威の一極化と経済自由化)に対して、“どっちも一元化したる”ってのが1930年代以降の展開(で文革であきらめる)なので、「中国化」ってタームは、中国側の人間からは、ちょっと違うというか、孫文の「散砂」のたとえを使って「散砂化」とかどうかな、と思いましたが、孫文の言ってる言葉なんて普通の日本人はしらんやろうから、却下ですな。

国史といえば、『歴史学研究』の「“近世化”特集」も言及されてるんですけど、そんな話だったっけ?大分岐につがなる話ではなかった気がするんですけど…。

あと言及するといろいろめんどくさそうなチベット問題ですが、平野先生のご著作は、但し書きなしで引用するといろいろ各所で文句が出るので(他人の書評の尻馬に乗ってる連中ばっかっていう状況のほうが問題だけどな。もっと人の研究のいいところを利用していきたい)、『清朝とは何か』(藤原書店)のほうが面倒が少ないかもしれません。

清朝とは何か 別冊環16 (別冊環 16)

清朝とは何か 別冊環16 (別冊環 16)

日本前近代の銭の話(中国銭使用=中世)は、むしろ中国銭を使わなくなっていく過程が重要そうなので、こんな大雑把でいいのかなと思う反面、くわしく説明してもどうせ大学生にはわからん(経済史の研究者でも判然としてないのに)のでまあいいのか。

というように、まあ、その筋の人が読むと、“?”となりそうなところはありますが、そこを突っ込むのは、本書の狙いを考えると、はっきり言って無駄です(だらだら書いた自分を棚に上げてなんですが、そういうことばっかやってるから史学科の学生が少ないんじゃないのかね)。
むしろ、著者の思いを無にしかねない。
細かい突込みは参考文献の頭に出てる論文が書籍化されてから、誰かが書評を書けばいい。

本書のいいところは、何よりも、こまけえ話ばっかになってる歴史学の現状を博覧強記に任せてズバッと並べなおして見せて、あとはやる気のある学生さんには“(これがすべてじゃないから)ちゃんと勉強してね”と、それほどでもない学生さんには“これぐらい最低限常識として知っとけ”ということにあるように思うのです。

こういう、ズバッと流れをつかんで提示するってのが、まさに駒場の地域が目指してたものなんでしょうから、研究者としてのみならず、大学教員としても、いい人を育てたんだなあ、としみじみと思います…。

だいたい、中世以降の日本史を一つの軸(「中国化」)で、学部生向けにスパッとまとめるなんて芸当を今までやった人がいるんでしょうか。(ろくでもない本なら見たことがありますが)こんなに、グイグイ読めるように(現代的なタトエをふんだんに取り混ぜて)書いた本はなかなかないはずです。あと、日本の近代のところは、やっぱり自信があるからなんでしょうか、グイグイ引き込まれます。

ただ、本書、現在進行形的(かつネット的)なタトエが多すぎて(ニヤニヤ読めるのはいいのですが)、3年たったら意味が分からん可能性があります。そういう文体もまた若さのなせる技なのかもしれませんね。

著者の博士論文は以下で、こっちも面白いのですが、こちらは書評…あれCINIIには1本しかない?

翻訳の政治学 近代東アジアの形成と日琉関係の変容

翻訳の政治学 近代東アジアの形成と日琉関係の変容


12月14日追記:
えー、著者のツイッター見てると、とりあえず玄人筋からの事実確認は終わって、だんだんバカの相手をしなければいけない事態に突入しつつあるようです。学術と素人の架け橋は必要なんだけど、レベル下げるとバカの大漁なので大変ですよね…。心中お察し申し上げます