読書:丸川哲史『台湾ナショナリズム』

台湾ナショナリズム 東アジア近代のアポリア (講談社選書メチエ)

台湾ナショナリズム 東アジア近代のアポリア (講談社選書メチエ)

現象としてのナショナリズムとはまた、「誰か」に対する抵抗として発言されるものであり、だからその「誰か」がどのように見えており、また実際にその「誰か」がどのような状態にあるのかを見なければ意味がない。(206頁)

90年年代から顕在化した「台湾ナショナリズム」、すなわち主に内省人による台湾そのものにアイデンティティを求めるような観念について、台湾をめぐる東アジア近代史をたどりながら跡付けています。
というか、割とまったりと台湾の人々の自己認識をずーっと見ていく感じです。
後ろのあおり文には「親日」「反日」が先に書いてありますが、内容としてはむしろ大陸をめぐる国際関係(米中関係含む)が、台湾内部における政治状況を規定してきたという話だと思います。

戦後台湾の対日感情に関しては、戦後長らく日本と技術協力やってることが関係あるんじゃないかな、とも思いました。昔台北でおじいさんに「子供のころ覚えた日本語、今でもよく喋れますねえ」と聞いたら、「いや、どっちかっていうと戦後にIHIとかに研修でいって、その時によく使ったんで今でも覚えてるんだよ」と言っていた(実際はもっと上品な言葉遣いでした!)のを思い出しますね。そういうのともかかわる経済的な話は、現代の大陸への投資の話だけだった気がするので、その辺がちょっと知りたいな、と思いましたが、まあ趣味の問題ということで。

「半山」(日本統治期に大陸にいた台湾出身者)はあまり出てきませんでしたが、戦前戦中の大陸への認識は興味深いものでした。保釣の件とかも、こういうご時世だけに大変面白いです。
非西洋地域では「主権」と核武装が結びつくというくだりなども、非常にフムフムと読みました。

著者の丸川先生は、本書の〆に近い部分で、ご自分も竹内好の評伝を書かれているのと関係するのでしょうけれども、「アジア(非欧米地域)」と「西洋」の関係から、「アジア的思考」について論じています。それ自体はいいのですが、やはり「西洋」あるいは「ヨーロッパ」とは何か、というのが気になってしまいます。
日本あるいは「アジア」における「西洋」ってなんなんですかねえ。なんだか、英独仏米の都市部の一部を借りてきて組み合わせたようなものにしか思えないのですが、そこで本書の194頁のようにヘーゲルが持ち出されてしまうと、うーんと考え込んでしまいます。

なんというか、オリエンタリズムを批判的に見るのはもうすごく一般的なんですけど、一方でアジアにおける「西洋近代主義」については、割と、「あんな残酷な西洋近代を理想化していてイカン」ぐらいで止まってる気がするんですよねえ。もっと、いろんな国における「西洋」・「近代」イメージの形成過程などが分からないと、アジア好きのままになりかねないような気もします。
こう考えるとやっぱり、韓国も、中国、台湾も近いよ。ヨーロッパ遠いわぁ…。タイとかインドの先ですからね。アメリカは海またいだすぐ先ですが、東海岸はさらに遠いわけで。
というわけで、「アジア」や「中国」の話を読みながら、「西洋」ってなんだろな?と思った次第。


あと、これまた純粋に趣味の範疇なんですが、英語交じりの普通語(185-186頁)って香港芸人ぽくてかっこいい気がしますけどね。薛凱蒞とか、昔それで大陸のテレビのインタビュー受けてて、めっちゃかわいかったですよ。(※ただし美人に、ってやつですか?)